高校選抜大会直前企画~私的注目チーム②「弘前実業高校」「私的注目校」のもう1チームは、網野高校よりももっと試技順が早い。そう。なんと試技順1番になってしまった弘前実業高校だ。青森県にある弘前実業高校は、近年は、青森山田高校がインターハイ常連校となっているため、全国大会への出場機会は非常に少ない。2011年のインターハイは、青森開催だったため、「青森B」として出場していたが、青森山田を破って全国に進むことは、かなり難しいと言わざるを得ない状況にある。しかし、かつては弘前実業もインターハイに出場していたことはある。それもかなり強かったのだ。全国制覇だってしている。そんな輝かしい歴史を背負った弘前実業の練習を見に行ったのは、2013年10月のことだった。この時点で、彼らはまだ選抜出場が決まっていなかった。1か月後に迫った東北ブロック大会での成績によっては、「選抜出場のチャンスあり?」という、ある意味、もっとも気合いの入った練習をしているだろう時期に、私は弘前を訪れた。しかし、そこで私が見たのは、同じ体育館で練習している元気いっぱいのひろさきジュニアの子ども達といっしょになって、体育館狭しと駆け回る、あまりにも無邪気な高校生たち、の姿だった。網野もそうだったが、弘前でも、ウォーミングアップ代わりの鬼ごっこをやっていた。しかも、こちらは小学生、中学生も混じっているので、人数も多ければ、本気度も高い。10月も終盤の弘前はすでにかなり寒かったが、みんな汗をかき、息を切らせて、必死に走り回っていた。いい汗をかいたあと、練習始めの挨拶をするために、選手たちが整列したのを見て、改めて驚いた。部員が多い! のだ。3チーム、4チームでも軽く組めそうな人数がいる。高校の男子新体操部でこれほどの人数がいるのは、かなり珍しい。失礼な言い方になるが、男子新体操の古豪ではあっても、現時点での弘前実業は、「インターハイにも出られないチーム」だ。それでも、これだけの部員が集まってくる。それだけ、青森県での男子新体操の認知、人気が高いということなのか。彼らの練習ぶりを見ているうちに、これだけの部員数を維持できている理由は、わかった気がしてきた。それはごくシンプルな理由だ。「楽しい」それがおそらく理由のすべてだ。彼らは、じつにのびのびと、楽しく新体操と向き合っている。そして、カメラにも向き合う(笑)。たくさんの学校、クラブに取材に行ってきたが、高校生でこんなにもてらいなくカメラに向かってポーズをとったり、顔をつくったりする選手たちは初めてだった。練習の冒頭で行っていたこれらの筋トレは、決して楽なわけではない。かなりハードな内容にはなっている。それでも、彼らは、笑顔で、ときには軽口もたたきながら、トレーニングをする。不真面目なわけではない。練習時間の前半、顧問の齋藤は、主にジュニアの指導についている。その間、彼らは自主練になるが、それぞれに、あるいはチームごとに、必要と思われる課題に黙々と(というには賑やかだったりはするが)取り組んでいる。弘前実業の選手たちも、ほとんどが新体操は未経験で入部してくる。それでも、みんなしっかりバク転も宙返りもできるようになり、中には目を引くほど、タンブリングが強くなる選手もいる。それもなんだかわかる気がする。これだけ大勢で、「俺はこれができた!」「これなら俺のほうがうまい!」と競い合いながらやっているのだ。その健全な競争意識が、彼らの能力を向上させてきたのだろう。そんな和気藹々とした、楽しい雰囲気の練習が、団体作品の分習になると一変した。さっきまでカメラに向かっておどけていた選手も、真剣な面持ちに豹変し、真摯な姿勢で演技している。そして。そんな彼らの演技には、思わず息をのむほどの、力があった。あんなに楽しそうに練習していたのに、彼らの演技には、ホンモノ感が漂っていた。「高校から始めた子達のチームなのにうまい」・・・男子新体操では、そう感心することは少なくない。本気になったときの高校生男子の底力とも言えるし、そこは、男子新体操のもつ魅力でもある。また、高校始めのチームで、「それなり」に作品を仕上げてくるチームには、それぞれの創意工夫、知恵がある。ジュニアからのたたきあげで、基礎のしっかりしている選手たちとは違うのだから、それでも、彼らのよさを生かす工夫をし、それが成功すると「かなりよく」見えるものだ。それを考えると、弘前実業の演技は、やや実直にすぎる、と言うこともできる。「高校はじめの子たちだけど、なんとかごまかして、うまく見せよう」というところがないのだ。彼らの演技は、じつに正統派で、おそらく同じ青森県の誇りとも言える「青森大学」への深いリスペクトが感じられる。大学生の中でも、いや、男子新体操の中でも、重厚なあの青森大学の演技を、彼らは追っているように見えた。それはあまり賢いやり方とは言えないかもしれない。高校から始めたと言っても、彼らの能力はかなり高い。もう少し、「うまそうに見える」「粗を隠す」やり方もあるんじゃないかと思う。それでも、このチームは「易きに流れる」のではなく、きちんと、正統派の新体操をやろうとしている。そう、青森大学のように。重くて、力強くて、美しい。そんな新体操をやろうとしている。そして、それはまだ実現できないまでも、輪郭は十分見えるところまできている。高校の3年間では成し遂げられないとしても、このまま追い求めていれば、きっと届くと思える選手が少なからずいるのだ。男子新体操強豪県・青森。そこにいるから、なかなかインターハイにも出られない。狭い範囲でも、「俺たちが一番!」というプライドをもつこともできない。そんな中でも、彼らはしっかり「新体操選手」として育っている。チーム力も向上している。青森だから、上にいけない。その逆境を、彼らはちゃんと力にしている。青森だから、一番にはなれないけれど・・・青森だから、いい見本は身近にいる。いい刺激もたくさんある。そこで育っている、というプライドはきっともっているのだ。この日は、弘前実業のOBの中田さんが練習を見にみえていた。地元で家業に従事している中田さんは、今でもときどき、顔を出しては後輩たちに檄を飛ばしているのだという。つい先日行われた試合での弘前実業の演技を見て、中田さんはかなり落胆していた。結果の良し悪しではなく、彼らの演技が「力を出し切れていなかった」からだ。そのため、この日は、やや厳しい言葉もとんではいたが、そこには、後輩たちに対する、そして、弘前実業に対するあふれるほどの愛情が感じられた。齋藤監督も、同様に弘前実業のOBであり、彼のチームに対する愛情も、単なる「監督」ではないように思える。中田さんも齋藤監督も、ここが好きなんだ。それは、おそらく、現在、青森大学の新体操部部長の中田吉光氏も同じなんだろう。インターハイに出場するチャンスがなかなか巡ってこなくても、高校から始めた選手がほとんどだとしても、弘前実業は、力のあるいいチームだ。それは、おそらく彼らが、多くのOBや地元の人達に支えられ、ときには厳しく叱咤もされ、知らず知らず「弘前実業の伝統」を背負っているからなのだろう。彼らに足りないものがあるとしたら、それは「やってやる! できる!」という気概と自信ではないのか。中田さんが、この日、彼らに対して厳しい言葉をかけていたのも、おそらくそこが歯がゆかったからなんだろう。力はあるのに、なぜそれを出し切れないんだ!本来の力を見せずに終わって悔しくないのか?チームを近くで見ている彼は、誰よりも強く深くそう思って、悔しかったのだろう。お前たちは、もっともっとできる! やれる!彼らにそう伝えたかったのだろう。ときに、涙まで浮かべて、選手たちに語りかけていた中田さんの言葉は、私にはそう聞こえた。私もそう思う。試技順一番でも、青森では二番手だとしても。彼らはきっとやれる!久しぶりの選抜大会で、「さすが青森のチームはやるなあ」と、大会冒頭から観客を惹きこむ演技を、弘前実業は、見せてくれるはずだ。
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