「11年ぶりのチャンピオン」個人総合の最終種目となったロープ。小林翔と優勝を競っていた斉藤剛大は、小林より先に演技を終了することになっており、ロープでどれだけの点を出し、小林にプレッシャーをかけることができるか、という状況にあった。いわば、優勝が懸かった1本。見ているほうの緊張も頂点に達していた。そして、曲が流れる。このロープは、今大会が初披露となる新作演技だった。使われている曲は、なんともとぼけた感じの曲。この緊迫した場面で、この曲かよ?私はなんだか拍子抜けしてしまい、いつも通り、いやいつも以上に彼の演技を楽しもうと思った。演技序盤で、珍しくロープの操作が思うようにいってないのかな? という場面があった。しかし、それでも、なんとなくそれらしく踊り続けているので、それも「斉藤剛大らしいな」と楽しめてしまった。その後、投げたロープをキャッチした次の瞬間、片方の端が手から離れてしまった。このときはさすがにひやっとした。が、そのロープの端は床につくことなく、ふわっと宙を舞って彼の手に吸い込まれた。「あれはうわっと思ったんですが、ぐっと引っ張ったらロープが戻ってきました。いつも手具で遊んでいるので、それが役立ちました。」と斉藤は笑った。今大会は、いつも以上に安定した演技を見せていた斉藤にとっては、この2日目のロープだけがミスした、という感触をもった演技だったのではないかと思う。本人も、「あのときは、終わったと思いました」と言っている。が、それでも、なんでもなかったように演技を続けられたのは、彼がいつも「ミスはするものだ」という前提で演技に向かっているからだ。「ミスしないように、と思うと緊張してしまう。その緊張は見ている人にも伝わってしまうから、楽しくないですよね。」あれほどリスク満載の演技をしながら、斉藤は緊張はしないのだという。「ミスは出て当たり前。いかにそれでも演技を続けるかと考えているから、緊張はしないんです。」度胸があるとか、心臓が強いというよりも、理にかなっている。斉藤剛大は、そういう考え方で、今までやってきた。そして、とうとう全日本チャンピオンにまで昇りつめた。今年、インカレの前だったと思うが、斉藤に話を聞いたときに、「3年のときに優勝できたら、4年ではもっと好きに新体操やれると思うから、優勝できたらいいな、とは思いますけど」と、冗談のように言っていたことを思い出す。あのまるで軽口のように言っていたことを、彼は現実にしてしまった。「終わった」と思ったロープでも、9.425という得点が出た。これには本人も「驚いた」と言うが、ミスをミスにしない粘りがこの得点につながり、結果、小林翔を振り切っての優勝をもたらした。国士舘大学の選手が、全日本チャンピオンになるのは、じつに11年ぶり。2002年の阿部公則以来だ。一時は低迷し、全日本では入賞すら厳しい状態にあった国士舘だが、ここ数年、少しずつ上昇を続けてきて、ついに久々のチャンピオン誕生となった。「来年は、自分でやりたいなと思うことを貫く年にします。」と斉藤は言った。ミスする可能性は高くなっても、もっとやりたい新体操をやるんだ、と。それもいい。彼はもうチャンピオンなんだから。そうして。やりたい新体操を貫いて、彼はまた観客を楽しませ、なによりも自分自身が、新体操を楽しむんだろう。案外、結果もついてきてしまうかもしれない。あのロープの曲は、「楽しんで踊れる曲にしたい」と思って選んだものだったそうだ。その「楽しんで踊るための曲」が優勝を懸けた一番に、めぐってきた。それは、「新体操が楽しくない自分は、自分じゃない」と言う斉藤にとって、このうえないめぐりあわせだった。誰よりも新体操を楽しんだ選手が優勝した。そんな2013ジャパンだった。 <撮影:清水綾子>※ジムラブに「男子団体優勝:花園大学」の記事がアップされています。http://gymlove.net/rgl/topics/report/2013/11/25/2013-123/
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