「伸身の新月面が描く放物線は 栄光への架け橋だ」あの名実況から12年。当時15歳だった少年が思い描いた夢がついに現実のものとなりました。過去2大会、中国の前に苦杯をなめた内村航平選手、偉大なキャリアのハイライトとなる、悲願の団体金メダルを手にしました!決まった瞬間、不覚にも涙が…この金メダルだけで、リオは十分満足してしまいそうです。内村選手は、「アテネを越えられなかった」と言っていましたが、このある意味泥臭い金メダルも、これまでの歩みを考えると「らしく」てよいものだと思いました。ずっと「団体の金メダル」と言い続けていた内村選手。
2014世界選手権中国大会で、まさかの最終種目の逆転負け…ホームタウンデシジョンとも言われた疑惑の判定もありましたが、ミスがあったのも事実。その悔しさをばねに、昨年ようやく勝ち得た世界の団体金。そのタイトルを引っ提げて、世界チャンピオンとして臨んだ今大会…予選では、ミスが相次ぎ、自身も鉄棒で落下するという悪い流れ…思い描いていた、予選1位通過から、最後の鉄棒の演技までのプランはもろくも崩れ去りました。チームが崩壊してもおかしくないほどの打撃だったと思いますが、選手たちはよく立て直しましたね!本当に素晴らしかったと思います。最初の種目はあん馬日本が比較的苦手とする種目で、落下のリスクも高く、最初の種目としては難しい演技を強いられます。予選もここで波に乗れず、悪い流れを作った感がありました。トップバッターは、内村選手。安定した演技で、15.100。出だしは上々と思われましたが、続く山室選手がまさかの落下…これで、この先苦しい戦いを強いられることが決定しました。しかし、山室選手、演技再開後は最後まで集中を保ち、失点を最小限にとどめます。落下がありながら、13.900にとどめたこのリカバリーが後々意味を持ったと思います。
3番手の加藤選手は、きっちり力を示し、14.933。悪い流れが続くことを避けることができました。
2種目目は、つり輪予選でミスを続けてしまった田中選手、何か吹っ切れた表情で、非常に集中していました。持ち前の美しい演技で、14.933としっかり得点を稼いでくれました。内村選手は、14.800。思ったより点が出なかったという印象…そして、先ほどミスをした山室選手。もうミスはできないという、大きなプレッシャーのもと、水平支持の技で、一度足が下がりかけましたが、気力で立て直しました!ミスにはなりましたが、14.866と何とかこらえてくれたことで、逆転の流れにつながったと思います。この時点で、日本は5位。序盤やや苦手な種目でミスが出てしまい、苦しい立ち上がりとなりましたが、ここからは得意種目が続きます!
3種目目は高得点が期待できる跳馬先に演技をしたロシアが、スコアをまとめ、3人の合計が46.033。ここで離されると苦しいところでした。トップバッターは、抜群の安定感を見せる加藤選手。右足を後方に一歩大きく引く形にはなりましたが、技自体はしっかり決まり、15.000。良い流れを作ります。
2番手は内村選手、Dスコア6.2の大技、リ・シャオペンをしっかり決め、15.566。いい笑顔になりました。
3番手の白井選手、チーム一番の稼ぎ頭です。自身の名を冠する、シライ・キムヒフンを完璧に決め、Eスコアがなんと9.633!15.633の高得点でチームを流れに乗せることに成功しました!この時点で、日本は2位に躍り出ます。予選好調だった中国とアメリカが序盤からミスをする流れもあり、勢いが出てきましたが、ここまで日本と同じローテーションで回るロシアが、非常に好調で、約2点差がついていました。金メダルを争う相手は、伏兵ロシアが濃厚な流れとなりましたが、まだまだ中国の巻き返しもありうるため、両方をにらんでの戦いとなりました。
4種目目、平行棒予選で痛いミスが出てしまった種目です。後半に入り、結果を意識せざるを得ない中、選手に緊張が出てもおかしくありませんでしたが…
1番手田中選手が、ほぼ完ぺきな演技で、15.900の高得点!予選でミスをした嫌な記憶を完全に消してくれました。難しい倒立技を美しく決めたことで波に乗りましたね。続く加藤選手も危なげなくまとめ、15.500と想定通りの得点!この人は本当にミスをしません。彼の存在が、チームの土台を支えていました。最後の内村選手、ここにきて顔色が青白くなってきていました。彼ほどの選手でも緊張と疲労でこんな顔になるのかと、驚きました。やはり、演技でも中盤に倒立が不十分になるミスが出てしまいましたが、最小限の減点にとどめ、15.366。これでロシアとの差を1.3に縮めました。
5種目目、運命の鉄棒。誰か一人でも落下すると、一気に金メダルが遠のく恐ろしい種目…これまで1位のロシアが先に演技をしましたが、細かいミスが目立ち、43.890と振わず、日本にチャンスが訪れます!
1人目は、ここまで抜群の安定感で、チームを支えた加藤選手。ほぼノーミスで、15.066としっかりバトンをつなぎます。
2人目は内村選手。最後の床にも登場するため、3人目ではなく2人目での演技。疲労からか、一度車輪が揺り戻しとなり、着地も珍しく1歩乱しましたが、15.166とロシアを逆転するには十分な点数。
3人目の田中選手が、乱れのない美しい演技で15.166。正直もう少し出てもよいかな、と思いましたが、内村選手の小さなミスを打ち消す演技で、ロシアを逆転してくれました!最終種目を残して、トップは日本!
0.208差でロシアが追いすがり、ここまで波に乗れなかった中国が日本と0.739差で3番手につける展開。
4位イギリスとは2点以上差がついていましたので、メダル争いは事実上この3チームに絞られました。そして、最終種目…日本とロシアは床、中国は鉄棒。日本にとって、最後に最も得意とする床が来たのは、点差を考えると有利でしたが、最も体力を消耗する種目でもあるため、これまでフル回転してきた内村、加藤両選手の疲労が心配でした。対する中国は、エースの張選手以外は鉄棒でそれほど高得点は期待できない構成のため、やはり日本優位の展開と思われましたが、最後まで何が起きるかわからないのがオリンピック…見ているこちらの息が詰まりそうでした!
1番手は白井選手。予選では「力が入りすぎた」と得点を伸ばせず、本番も心配でした…これまで緊張というものを知らないと思われた彼も、オリンピックという舞台ではやはり重圧を感じたのでしょう。若さから、大失速をすることもあり得ましたから、最初の技の着地が決まった時は、思わず声を出してしまいました。その後は圧巻の演技!最後のシライ/グエンもしっかり決め、16.133と他のチームの戦意を喪失させる得点をたたき出してくれました。
2番手加藤選手も、ミスらしいミスをしない素晴らしい演技で15.466。ゆるぎない精神力を見せつけてくれました!最終演技者は、不動のエース内村選手。疲労の極致にありながら、テンポよく大技を決めていきます。さすがに、最後の技の前には息を整えるのにいつもより間合いを取りましたが、何とか着地をこらえ、15.600。金メダルを確実なものにしました!
5人が肩を組んで最後のロシア選手の得点を見守り、点数が確定した瞬間に笑顔がはじけたときは、グッときました。白井選手は、心臓に悪い一日だったと述懐していましたが、見ている側には涙腺に悪い試合でした(笑)
5人が5人ともよく自分の役割を果たした結果だと思います。内村選手と同い年で、チーム最年長の山室光史選手。あん馬の落下こそありましたが、日本の弱点をカバーする難しい役どころを担い、自分の演技の後は、疲労から余裕のない内村選手に代わり、チームを鼓舞する役割もこなしてくれました。団体戦では、こういったチームに活力をもたらす選手が必要でした!そして、影の立役者、加藤凌平選手。彼の安定感がチームにもたらした安心感は絶大なものでした。いぶし銀の職人技が光りました。ケガを乗り越え、凄みを増した精神力で個人総合でもメダルを狙ってほしいと思います!日本の明と暗を象徴した田中佑典選手。予選でミスが続き、一度ぼろぼろになった心をよく立て直しました!「ここに何をしに来たのかをもう一度考え直し、開き直った」と本人。これから苦しい場面をいくつも越えくてはいけない日本選手団に大きな勇気をもたらしてくれました!そして、「ひねりの天才」白井健三選手。ポイントゲッターの役割を見事に果たしてくれました!彼の演技は見ていて本当にワクワクさせられます。これでもか、というほどひねりを加える驚異の技は、他の追随を許しません。種目別にも期待がかかりますし、4年後の東京では間違いなくエースとなっていることでしょう。最後に、体操日本の最高傑作にして、日本スポーツ界の至宝とも言える内村航平選手。前人未到の世界選手権個人総合6連覇の偉業を誇り、ロンドンオリンピックでも個人総合の金メダルをもつ体操界の生けるレジェンド。これだけのキャリアを誇る偉大な選手が唯一取り残していたタイトル、それがこのオリンピックの団体金でした。今大会、誰に金メダルを取らせたいかと問われれば、自分的には一番に名前を挙げる存在でした。これほどの選手が、最後は余裕を全く失う舞台。これまで、自分が牽引し、自分が鼓舞し続けてきたチームに最後は救われた、そんな試合だったと思います。勝因は、と問われ、「努力」とシンプルに答えた彼のこれまでの歩みに畏敬の念を禁じえません。本当におめでとうございます!
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