体操世界選手権の男子団体、日本37年ぶりの団体金メダル、本当に良かったですね!!!エースの内村航平選手が「団体の金メダルしか考えていない!」と言い続けてきたのがやっと実現しました。みんなで手をつないで表彰台に上がる姿が本当に印象的だと感じたのは私だけではないことでしょう。本当におめでとうございます!そして、ありがとうございます!さて、今回の内容はタイトルの通りです。当方、全然スゴイ選手とかではなかったですが、採点をできると言っても文句を言われない程度には審判として活動していますので、テレビでは判りにくい体操の一面などについて少々書いてみたいと思います。内容が多少専門的になるとは思いますが、特に普段あまり体操をご覧にならない方にとって、体操競技の面白さをより良く知る機会になれば幸いです。今回の日本チームで私が最も印象に残ったのは、演技で落下した後の、残りの実施のクオリティの高さです。普段体操をご覧にならない方だとフツーのことと思われるかもしれませんが、これって解説の米田功氏も感心されていたように、全く普通のことではありません。現行のルールでは、落下に伴う減点は1.0。体操の得点は高くても16点くらいですし、出来栄えの評価のEスコアは10点満点。つまり、落下によるペナルティだけで1割目減りしますので、全体の比率を考えてもそのキツさは尋常ではありません。技が成功しないで落下した場合、その技の難度点も加算されませんので(内村選手が失敗したカッシーナは0.7点=G難度)、全体の目減りは1.0で留まらないケースも多いです。つまり、種目別選手権などで1種目だけの比較の場合は、落下は入賞不可能とほぼ同義語です。こうした数字上のダメージもありますけれど、競技者としてはやはり精神的ダメージが計り知れない。演技をする場合、自分の理想的なシナリオとして、一つの演技の中に10幾つから20ちょっとくらいはあるそれぞれの技について、力の配分を決めたり、演技全体のリズムを考えたりします。予定どおりに実施できないものがあると、調子の良い時だと使わなくても済む力を使ってしまい、その結果、別の技の感覚が狂ったり、十分な体力で実施できなかったりする訳です。一例ですと、トップ選手が簡単なA難度の技で落下するなんてことがあります。手を抜いている訳ではもちろんないけれど、演技全体として考えた時には、そこを小休止の場所に使っていることが理由の一つとして考えられます。そして、落下から演技再開までに許容されるのは30秒(女子の平均台だけ10秒)。これって精神的にも肉体的にもダメージを負っている選手にとって、リカバリーするための十分な時間とは決して言えません。体操は瞬発的な運動。全力で100mダッシュをして、30秒しか休まないで、その前と同じタイムで100mダッシュっておそらく難しいですよね。少々荒っぽい例えとは思いますが、演技中に落下した後にクオリティの高い演技を続けることの難しさが多少でも理解しやすくなれば幸いです。もう一点スゴイと思ったのは、月並みな言い方ではありますが、選手たちのプレッシャーへの耐性。もちろん日本代表選手たちはああいった大舞台で演技することも想定して練習をしているでしょうけれど、内村選手が会場の大歓声で感覚が狂ったと思われるように、各選手、国内での試合ではあまり見られないような、動きの硬さなどはやはり見受けられました。例えば振動技と呼ばれる技の場合、ほとんどが「抜き」と「あふり」という動作を行います。「抜き」は「脱力」とも呼ばれ、主に円運動の下部に身体が到達した時、勢いが下方向に抜けるような動作をして、上昇運動の反動に使います。「あふり」というのは、鉄棒の終末技の前の加速する車輪をイメージすると分かりやすいと思いますが、主に足でけり上げる動作で行う上昇運動と考えると分かりやすいことでしょう。もちろん他にも技を可能にする身体の動作や要素は複数あるのですが、例えば鉄棒の手放し技を行う場合、主に「抜き」の位置(斜め前、真下、斜め後ろなど)や、「あふり」の方向(前、上、後ろなど)の的確さといったものが、技の成功や失敗を左右します。文字で書くと上記のようにしか書けませんが、これってやっている側からすると、本人にしか分かり得ない感覚です。もちろんある程度の目安はあっても、選手たちの体型や柔軟性、力、技の実施の仕方などは、一人として同じ人はいないからです。鉄棒の終末技の空中での軌道が狂った時に、例えば「抜き」が早いとか遅いなどといった表現をします。基本的には、身体は脱力した方向と逆方向に飛んで行くからです。ただ、この早いとか遅いとかって、おそらく時間にして0.1秒前後などのごくわずかな時間差。当然緊張やプレッシャーなどによって影響を受けやすいということになります。力強い演技も、実は非常に繊細な感覚が基になっているということがお分かりになる一例かと思います。最後に、体操の器具というのも、同じメーカーのものであっても、一つ一つ感覚が違います。例えば鉄棒の場合、テレビで見ても分かる通りバーがしなりますので、その反動を利用することが、現代体操の大技の実施を可能にします。ただこれも、日本で練習しているバーと全く同じしなり具合ではおそらくない。ウォームアップ会場にある鉄棒とも感覚は多少異なるはずです。もちろんトップ選手は、そうした環境の違いにすぐに適応できる能力もあるからこそトップ選手な訳ですが、世界選手権という大舞台、どうしても団体金メダルが欲しいという意気込み、想定していない場面での大歓声など、既出の感覚などと相まって、演技の出来を左右させる事象は数多くあったはずです。そうした中であれだけの演技をした6人の選手たち。普段だとあまり見ることがないような失敗もあって、内村航平選手も反省の弁を口にはしていましたが、日本男子は世界チャンピオンとして十分すぎるほどの高いパフォーマンスを見せたと思います。好調な時には本当に文字通り正確無比な内村選手の演技を見慣れているがゆえ、感覚としてはそれが標準のようになっている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、6種目で大過失がない実施って、これだけ高難度の技を盛り込んでいる現代体操においては、そこまで数多く見られるものではありません。日本が優勝した中で、他のチームがミスで順位を下げたのがその象徴と言って良いでしょう。明朝は男子の個人総合、その後には男女の種目別が待っていますね。個人的には、私自身は世界一美しい倒立姿勢だと思っている、田中佑典選手の平行棒に注目しています。団体決勝では残念なミスがありましたが、予選のEスコア(=10点満点の出来栄え点)は9.158という、平行棒ではなかなか見られない高得点!日本の美しい体操でのリベンジに期待したいです。女子も団体5位、個人総合で二人ともシングルの順位に入った日本体操。今週末までは寝不足を覚悟します(笑)。
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